灰かぶりの誓い
第4話
黒い糸はケイレンの手袋の下でとぐろを巻き、内腕に温かく張り付いていた。狭い寝台の端に腰掛け、革を肘のあたりまで下ろすと、それは一度だけ脈打つ。肘から手首へ走る暗い血管のように。彼は奥歯を噛みしめ、手袋を元に戻して袖口の紐を締めた。
夜明け前の客翼はしんと静まり返っている。セラは共有の居間に待っていた。着替えは済んでいて、片手には包帯が巻かれている。彼女は防護区の向こうの廊下を見つめ、彼のほうは向かなかった。
「治癒師は夜明けとともに参ります」
ケイレンはどうしてそれを知っているのかとは訊かなかった。「火傷を調べたいのですね」
「アルドレンの目がない場所で」彼女は振り返った。「防護区は治癒師を通しますか」
「監視付きの訪問なら。ええ」
セラは頷き、翼の小広間へ歩き出した。ケイレンは二歩後ろに続く。防護区の低い熱が肌に一定に触れ続ける距離だ。王太后の居室から漂っていた橙花の匂いが、ここでもかすかに付きまとう。あるいはもうセラの髪に、袖に、彼女の纏う空気に染み込んでしまっているのか。
最初の薄明かりが高い窓に触れる頃、宮廷治癒師が到着した。角張った革鞄を提げた中年の女で、後ろには侍従が一人付いている。侍従が細長い台帳に訪問を記録するあいだ、治癒師はセラの傍らに膝をついた。
「左手を、閣下」
セラは手のひらを上にして卓の上に置いた。包帯がゆっくりと解かれていく。火傷は生々しく赤く、少しも癒えていなかった。治癒師は眉をひそめて術を始めた。青白い光が傷の上に集まり、息が凝るように揺れる。
煙が上がった。
湯気ではない。灰色の、苦い煙が、生の肉の縁から立ち昇る。治癒師の光はちろちろと揺れて消えた。セラは手を引かなかった。傷がまったく変わらず、赤く開いたままでいるのを、ただ見つめている。
治癒師は両手を落とした。「私には塞げません」
治癒師が別の軟膏に手を伸ばすより先に、ケイレンが前に出た。「包帯は私が巻きます」
女は侍従を見た。侍従は台帳に何かを書きつける。「治癒失敗、記録済み」と侍従は言った。「下がってよろしい」
治癒師は震える手で鞄を畳んだ。外の扉が彼女の背後で閉まるまで、ケイレンは待つ。それから卓の端から清潔な布を手に取った。
セラは手を引いた。
「まだよ」 指を一度、二度と曲げ伸ばし、生々しい火傷が皮膚を引っ張るのを眺める。 「ここの空気は刺すような感じがする。一時間前はこんなじゃなかった」
ケイレンはサロンの扉と、その先の狭い使用人通路に目をやった。 「今から行かれるおつもりですか」
「甘い匂いは控えの間の奥から漂ってきていた」 セラは立ち上がる。 「防護区に使用人用の出入り口はある?」
「小さなものがあります。外側から鍵がかかっています」
「開けて」
それは命令ではなかった。床が傾いている、と言うのと同じ、平坦で確信に満ちた口調だった。ケイレンは狭い扉に歩み寄り、閂を抜いて押し開いた。冷たい空気が流れ込んでくる。
通路は切石の壁のあいだを暗く、狭く続いていた。床には細い溝が一本彫られ、かすかな水の筋が流れている。遠くで、水滴の落ちる音が反響していた。
先にセラが入り、ケイレンが続いて扉を閉めた。防護区の低いうなりは即座に消えた。ここの空気は冷たく湿っていて、甘い気配が暗がりの底に沈んでいた。食器棚に置き忘れた蜂蜜のように。
二人は歩いた。セラは主に扉の数を数えていた。スカートの裾が壁に擦れる。左手の包帯が疼きはじめた。最初は脈打つような痛み、やがてゆっくりと灼けるような痛みに変わり、彼女は歩調を崩さぬまま手を肋骨に押しつけた。
分岐点で、彼女は足を止めた。床の排水格子、黒い鉄製のそれが、狭い扉のすぐ外にあった。匂いはその上に濃く漂い、味がするほどだった。セラはしゃがみ込む。
「下がってください」 ケイレンが言った。
彼女は顔を上げた。
「何か分かっていらっしゃらない」 彼は前に出て、格子と彼女のあいだに立ち、通路のほうを向いた。 「まず空気を確かめてください。低い姿勢のまま」
セラは彼の脇から手を伸ばし、清潔な布切れを格子の縁にそっと這わせた。引き戻すと、布は薄く粘つく膜で光っていた。蜂蜜のように甘い。彼女は布を一度折り、もう一度折って、袖にしまった。
左手が鋭く痙攣した。彼女は歯のあいだから息を漏らす。
ケイレンが振り向いた。 「残渣ですか?」
「格子の近くで。手のひらが焼けるように痛む」 彼女は立ち上がり、手をかばった。 「前から痛んでいた。でも今は引っ張られるような感じ」
彼は彼女の手首を取った。優しくはなく、かといって痛いほど強くもない。遠くの通気口から差すかすかな光のほうへ、その手を持ち上げた。
手を離した瞬間、ケイレンは低く言った。
「触れるべきではなかった」
「下がっていろと言われたから、布越しにしただけよ」セラは折りたたんだ布切れを見つめ、続けた。「これは証拠になるわ」
ケイレンは片手を壁につき、一瞬だけうつむいた。狭い通路の空気が重くのしかかるようだった。袖がずり上がり、手袋の合わせ目が手首でのぞく。
セラの目が、それを捉えた。ほんの半秒。肌の下を走る黒い渦のような線。内腕から手首の骨まで、濡れたように光っていた。
息をのんだ。
ケイレンは彼女が口を開くより先に、手袋をぐっと引き上げた。
「聞くな」
「あの糸……公の誓いより、ずっと古いわね」
彼は答えなかった。黒い外套の下で胸の上下が乱れている。
セラは指先で布切れを裏返しながら、時間を稼いだ。「誓いの負荷ね」
「そうだ」返ってきた声はかすれ、通路に小さく落ちた。「もっと古い」
彼女は追及しなかった。賢いのは、目をそらして歩き出すことだ。けれど手のひらの痛みが脈に合わせてうずき、あの光景がまぶたの裏から離れない。あんな糸を見たのは一度きり。血の自白を控えた死囚の腕に、前日だけ現れたものだ。
ケイレンは、装填された弩を見るような目で彼女を見ていた。
「あなただって、また隠すんでしょう」セラは言った。「私はもう、知らなかったことにはできない」
「わかっている」
格子の向こうから音がした。
足音だ。水滴の落ちる音でも、自分たちの体重が沈む音でもない。一歩、また一歩。排水口のすぐ先で止まった。
ケイレンが動いた。
彼はセラを壁際の浅い影に引き込み、片腕を腰に回し、もう片方の手を背中に添えた。肩が冷たい石にぶつかる。彼の体が狭い通路の視界をふさいだ。
息ができない。布切れが指の間で押しつぶされる。ケイレンの口元がこめかみのすぐ近くにあり、声がかすかな震えとして伝わってきた。
「動くな」