FeverStory

氷雪の契約結婚~冷徹公爵は偽りの妻を溺愛する~

第5話

夜明け前の北の砦は、まだ深い闇に包まれていた。石畳には霜が厚く降り、霜の儀式が行われる円形広場へと続く古い階段を銀色に染めている。アヴェリンはリアンと並んで坂を登りながら、白く濁る息を吐いた。長年歩き慣れたウォーデンの古道は、ブーツの裏に覚えのある感触を返してくる。

頂上の円形広場は、丘の中腹に半分沈むようにして黒い石の環が待っていた。四方に据えられた鉄の燭台が燃え、雪と焦げた雷の匂いを孕んだ風に炎を横殴りに揺らしている。砦の壁の向こうで国境の結界が、濡れた硝子の奥の蝋燭のように明滅していた。

アヴェリンは足を止めた。 「リアン。それに、オスカー」

「俺が連れてきた」 北の柱の影からオスカーが歩み出る。腰の銀の鍵が一度、澄んだ音を立てた。隣に立つリアンは青いウールのドレスを震わせながらも、顎を上げている。

「来るべきではなかったわ」 アヴェリンの声は静かだった。

リアンは首を振る。 「もう二度と、あなたを置いて行ったりしない」

リアンは二人の横を通り過ぎ、円の中央へ進んだ。座りはしない。結界を背に立ち、焼け焦げた黒革手袋の手を剣の柄に置いている。顎に走る霜の傷痕が松明の光を受け、骨のように白く浮かび上がった。

オスカーが咳払いをした。 「衛兵には命じた通り、周囲の道を封鎖させました。誰も通していません」

「まだ、だろう」 リアンの声は短い。

アヴェリンはポケットから霜の儀式の条項を写した紙を取り出した。冷気で端のインクが滲んでいる。一度だけ黙読し、折り畳んで仕舞い込んだ。

結界が再び震えた。低い轟音が丘の中腹を揺らし、燭台の炎が一斉に揺らめく。リアンが思わずオスカルの腕を掴んだ。

「結界は落とさせないわ。コーラには結界が必要なはずよ」

「コーラが必要なのは、自分の望む形で結界を落とすことだ」 アヴェリンは言った。 「それは別の話よ」

砦の下で鉄と鉄が打ち合う音がした。衛兵の誰何の声、鋭い言葉の応酬。それから蹄の音。石畳の道を太鼓のように響かせて、その音は登ってくる。

「来たな」 オスカーが低く呟いた。

コーラ・ヴェインは六騎の帝国伝令を従え、隊列の先頭で馬を進めてきた。砦の門前で下馬し、一人で階段を上ってくる。黒の公証人ローブの裾が石段の霜を払い、襟元の銀のワイバーン留め具が鈍く光った。

右手には羊皮紙の巻物。下端には赤い封蝋が押されている。三人の衛兵が円の縁で彼女を囲み、その吐く息は闇の中で白く立ち昇っていた。

「ヴァレンヌ大公閣下」 コーラの声は苦もなく広場に通った。 「帝国登記官の命により、霜の儀式を停止し、リアン・ヴェインを審査のため帝国の拘束下に引き渡していただきます」

リアンは微動だにしなかった。「封印を見せろ」

コーラが巻紙を広げる。封蝋が灯りを受けて赤く重たく光った。アヴェリンは一歩進み、刻印を間近で見つめた。

長い沈黙のあと、彼女は冷たく短く笑った。「同じ印判を使ったのね」

コーラの指が巻紙に食い込む。「この差止命令は有効です。これは帝国の封印です」

「その封印は、あんたのものよ」アヴェリンは封蝋を指さした。「翼の線が二重になっている。首元に下げていたソルトメアの印判と同じだ。半分焼けた手紙と、消えた台帳の頁に押されていた印判と同じ」

コーラは封印を見なかった。「それは証拠になりません。印判は装飾品です。何も証明しない」

リアンがコーラとリアンの間に割って入った。剣は鞘に収まったままだったが、その動き自体が壁のようだった。

「退去命令は無効だ」とリアンは言った。「ヴェイン家は回復された家系登録簿に座している。北部は俺の副署なしに帝国の令状を執行しない」

「北部法では」とコーラは薄く笑った。「現地判事の副署を必要とします。判事は連れてきていません。ですが、帝国の衛兵は連れてきました」

「衛兵は令状に署名しない」リアンの声は平坦だった。「結界から出て行け」

コーラが合図した。衛兵の二人がリアンに手を伸ばす。

最初の一人が届く前に、アヴェリンは動いた。ポケットから半分焼けた手紙を取り出し、高く掲げる。

「ソルトメアの封印の頁は審問記録庫から持ち出された」と彼女は言った。「真の反逆者の名を記した頁を、あんたが持ち出した。印判を身につけ、この差止命令を偽造した。もう一歩でも動けば、オスカーに欠落した頁をこの場で解封させ、証人全員の前で晒させる」

衛兵たちが止まった。

コーラの微笑みは揺るがなかったが、左の手が腿の横でぴくりと動いた。「欠落した頁は失われています」

オスカーが上着の内側に手を入れた。取り出したのは折り畳まれた羊皮紙で、縁は脆く、封蝋は割れていなかった。

「失われてはいません、ヴェイン公証人」オスカーの声は乾いて落ち着いていた。「審問台帳は改竄されていました。破棄される前に、私がその頁を抜き取ったのです。記録庫の再調査以来、ずっと私が保管してきました」

コーラは一歩後退した。表情がひび割れ、口元に細い亀裂が走った。

「その頁は偽造です」

「それは」オスカーが言った。「帝国評議会が判断すべきことだ」

結界が再び脈打つ。壁から放たれる冷気が波のように押し寄せてきた。アヴェリンは円陣の中央へ向き直る。古い石畳は霜に縁取られ、中央の火鉢は熾火に燃え尽きていた。

彼女は輪の中へ足を踏み入れた。

「アヴェリン」リアンの声は低い。「一度始めたら、もう止まれない」

「わかっています」彼女は振り返らずに彼の横を通り過ぎた。「皆を近づけないで」

円の中心に膝をつく。冷気が膝から掌へ、手首の骨まで沁み込んできた。手袋を外す。インクに汚れた指先は、先の方が青くなっていた。

写本の言葉が瞼の裏に浮かぶ。コーラが用意した強制用の文言ではない。古いものだ。かつてヴェイン家が健在だった頃、父が冬の炉辺で唱えていた、あの言葉。

頁から読むのではない。記憶から紡ぐのだ。

「ウォーデンの血筋と冬の息吹により」彼女は言い始めた。最初の一言で声が割れたが、すぐに持ち直す。「我、北の扉の前に立つ。霜よ、その守り手を知れ」

風が巻き起こる。

「石よ、その境界を知れ。闇よ、その夜明けを知れ」

燭台の炎が白く燃え上がった。石畳の霜が一度溶け、古いルーンの形に再び凍りつく。リアンがオスカーの手を掴んだ。

アヴェリンの声はさらに強くなる。「我は命じない。我は覚えている。我は新たにする。我は守る」

素手の掌を石に押し付けた。冷たさが焼けつくようだったが、彼女は微動だにしない。

結界が炸裂した。

銀色の光の壁が円陣の縁から立ち昇り、稜堡の壁を駆け上がり、霜の線に沿って燃え広がる。まるで乾いた草に火が走るように。空が白く染まった。遠くで降っていた雪は、地上に届く前に光へと変わった。

地面が一度、揺れた。それから光は安定し、高く、東西の山々を貫く一本の銀の帯となって伸びていく。

アヴェリンの胸の内で呼吸が灼ける。彼女は膝をついたまま、両手を石に当て、境界が保たれるのを見つめていた。

リアンの焼け焦げた手袋から煙が上がる。やがてその煙は銀色に変わり、革が縫い目から裂けた。左腕の烙印が一度、白熱して輝いたかと思うと、溶けるように消えていった。

彼は自分が息を止めていたことにようやく気づき、長く吐き出した。傷痕の消えた左手が、力なく体の横に開かれる。

「契約が」オスカーが静かに言った。「最終条項が、封印されました」

アヴェリンは立ち上がった。銀色の光が山々を越えて差し込み、柱の長い影を床に落としている。

コーラは円陣の縁に立っていた。顔は青白く強張り、偽造された差止令が力なく手に垂れている。帝国兵たちはリアンから離れ、階段の下では伝令たちが戸惑ったように顔を見合わせていた。

「捕らえなさい」

リアンの声が響いた。だが兵たちは動かない。コーラが背筋を伸ばす。

「何の権限があって――」

「ブレン・ホルト」リアンの声が階段を下りていった。「前へ」

伝令の列から、帝国灰の制服を着た大柄な男が進み出た。儀礼剣の柄に片手を置き、ゆっくりと階段を上ってくる。肉付きの良い顔は疲れ切って、二十年間悪い知らせを届け続けてきた男の、常時のしかめ面を浮かべていた。

「ブレン・ホルト」リアンは軽く頭を下げた。かつて首都で一度だけ見たことがある。帝国令状局の書記官の背後に立っていた男だ。「第三令状局の帝国士官。封印犯罪で公証人を拘束する権限を持つ」

ホルトのしかめ面が深くなった。「罪を直接目撃した場合に限ります」

オスカーが欠けていたソルトメアの頁を差し出した。「これを目撃しろ」

ホルトは両手で羊皮紙を受け取ると封を破り、書面に目を走らせた。一度、二度。長い沈黙が落ちる。

「この頁はソルトメアの印章が公証記録庫へ持ち出された経路を追っています」ホルトの声は平板だった。「個人公証人の目録だ。コーラ・ヴェイン」彼は丁寧に頁を折り畳んだ。「帝国法上、反逆の証拠となる。拘束権限が発生します」

コーラが一歩退いたが、両脇の帝国兵が即座に動いて彼女の腕を掴んだ。

「この頁は改竄されています」コーラの声が鋭く跳ね上がった。「台帳は真実を隠すために書き換えられた」

「ならば真実は帝国法廷の前で明らかになるでしょう」ホルトは腰から鉄の枷を取り出した。「拘束します」

コーラの目が円陣を横切ってアヴェリンを捉えた。磨き上げられた公証人の仮面は消え、もっと冷たく空虚なものが顔を出している。

「勝ったわけではないわ」コーラが言った。「結界は私が支えている。北部も、辺境伯領も、帝国の血筋も――すべて嘘の上に立っている」

「結界は立っている」アヴェリンは言った。「それで十分よ」

ホルトがコーラの手から偽造差止令を取り上げ、オスカーに渡した。それから彼女を階段の方へ向き直らせる。伝令たちが後ろに続いた。鉄の枷がカチリと鳴り、その音は風の中へ消えていった。

アヴェリンは彼らが去るのを見送らなかった。山脈に沿って銀色の壁がまだ燃えている。それは明るく静かに保たれ、世界を分かつ一条の光となっていた。

「アヴェリン」

名を呼ばれた。声に出して。肩書でも、契約条項でもない。

彼女は振り返った。

リアンが円陣の縁に立っていた。左手の手袋はぼろぼろに裂け、指から垂れている。彼はそれを外すと、霜の上に落とした。露わになった手首に、印はなかった。

「契約は履行された」と彼は言った。「結界は更新され、ヴェイン家は回復された」

声は落ち着いていたが、手はそうではなかった。左手が一度震え、彼はそれを拳に握り込んだ。

「大公として話しているのではない」彼は円陣の中へ踏み入った。「条項から話しているのでもない」

彼女は待った。

「アヴェリン」彼はもう一度、ゆっくりと言った。その言葉が初めてのものであるかのように。「愛している」

銀の光が彼の影を石畳の上に長く伸ばした。アヴェリンは印のない手を見、解けた手袋を見、彼の顎に走るかすかな白い傷痕を見た。

彼女は彼に歩み寄った。

「もう一度言って」

リアンの目が揺れた。「愛している」

彼女は彼の左手を取った。肌は温かく、燃えてはいなかった。彼の指が彼女の指を包み込む。

「よかった」と彼女は言った。「私がこれを選んだのだから」

リアンが濡れた笑い混じりの嗚咽を漏らした。オスカーは慌てて顔を背けたが、彼が手で目を押さえたのをアヴェリンは見逃さなかった。

結界は北の砦の上で銀色に燃え上がり、第二の夜明けのように安定していた。霜は石畳に厚く積もったままだったが、寒さはもはや敵ではなかった。故郷のように感じられた。

アヴェリンは彼の手を離さなかった。

「私の名前を呼んだわね」と彼女は静かに言った。

「ずっと呼びたかった」

「なら、今やめないで」

リアンは長い間彼女を見つめていた。銀の光の中で、その顔は剥き出しだった。それから彼は繋いだ手を持ち上げ、彼女の素の指の甲に唇を押し当てた。

「決して」

ヴェイン家は潔白と認められた。反逆者は枷に繋がれた。結界は山の稜線に沿って明るく燃え盛り、幾年ぶりかに、アヴェリン・ヴェインは未来が約束を守るかもしれないと信じることができた。

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