無能と追放された鑑定士が辺境の村で薬草の真の等級を見抜き、静かに暮らしていたら元仲間が自滅した件
第4話 最低等級の賭け
朝もやが晴れぬうちから、集会所の戸を叩く音がした。
ゲルハルトが顔を出すと、旅装束のマルコが立っている。肩に掛けた鞄からは王都の埃の匂いがした。
「早いな」
「悪い報せは早く届ける主義でね」
マルコは卓に腰を下ろし、水を一口含んだ。ユウトは隅の椅子で薬草の束をより分けていたが、手を止める。
「『銀翼』が全滅した」
ゲルハルトが眉をひそめた。
「グリフォンの縄張りだ。罠があったらしい。リーダーのクライヴって男が、借金を重ねてまで無理な依頼を受け続けてたらしいぜ。見栄でな」
マルコはそこで言葉を切り、ユウトを見た。
ユウトは薬草の茎を指でなぞっていた。等級八。きれいに乾燥している。
「そうか」
それだけだった。
右手の中指にある真鍮の指輪が、朝の光を受けて鈍く光る。ユウトは束を脇に置き、立ち上がった。
「畑に行く」
「ユウト」
ゲルハルトが呼び止める。
「いいのか」
「何がだ」
「いや……」
ゲルハルトはそれ以上言わず、深くうなずいた。エレナが奥の部屋から出てきて、ユウトとすれ違う。何かを察したように一瞬足を止めたが、ユウトはそのまま戸を押し開けて外へ出た。
外はもう朝の光が強くなり始めている。畑の土は昨日撒いた水をまだ含んで黒かった。
しばらくして、集会所の戸がもう一度開いた。出てきたのはエレナだ。
「ユウト」
振り返ると、彼女は両手を胸の前で握りしめていた。
「マルコさんはもう出発したわ。ゲルハルトさんに伝言を預けて」
「商人として、役人との間に立つ気はない。ただし品質の証明はいつでもすると、か」
エレナが小さく笑った。
「先に言われた」
ユウトは鍬を立てかけ、彼女に向き直る。
「何か話があるんだろう」
エレナは一瞬息を吸い、それから顔を上げた。
「あのね、王都で騙されかけた話、覚えてる?」
「ああ」
「あのときの商家の男は、鑑定書の等級を偽造してた。わたしは数字も読めなくて……まあ、全部信じた」
彼女は苦笑いを浮かべ、畑の端に目をやった。月光草の芽が、等級ごとに区画を分けて並んでいる。
「だから村を守る交渉は、もう騙されない。今はあなたがいる。本物の鑑定士が」
「依頼か」
「正式に、交易の交渉に協力してほしい」
ユウトは彼女の目を見た。瞳の奥に、怯えよりも決意が勝っている。
「わかった」
日が高くなるころ、村の入口から馬蹄の音が聞こえた。
税吏ヴェルナーからの使者だった。若い役人が馬から下り、集会所の戸口で封蝋のついた書状をゲルハルトに差し出す。
「税吏ヴェルナー様が、三日後に来村する。今年の税額は規定通り全額徴収。薬草の取引実績もすでに確認済みとのことだ」
ゲルハルトは無言で書状を受け取った。役人は一礼し、すぐに馬を返して去っていく。
同じころ、王都近郊の税務署では、ヴェルナーがみずから馬車に書類箱を積み込んでいた。
「リンデ村、か」
手にした報告書には、昨年の収穫高に基づく税額が細かく記されている。不作の年でも減免はない——それが王国法だ。
「薬草の取引がある以上、減免の余地はないな」
ヴェルナーは御者に発車の合図を送り、馬車に乗り込んだ。
リンデ村の集会所に、ゲルハルトがユウトとエレナを呼び戻した。卓の上に広げられた書状を、三人で囲む。
「三日後だ」
ゲルハルトの声は重かった。
「取引実績があるから減免はできん、と」
ユウトは書状に目を走らせ、それから顔を上げた。
「等級のばらつきを利用する」
「どういうことだ」
「あの薬草は、質が一定じゃない。同じ月光草でも、等級六から九まである」
ユウトは右手の中指で、卓の縁をとんと叩いた。
「税吏に見せるのは、最低等級だけだ」
ゲルハルトが息を呑む。
「そんな情報戦が通じるか。わしは以前、虚偽報告で——」
「知ってる」
ユウトの声は淡々としていた。
「だが、今度は嘘じゃない。村は不作だった。事実だ。そのうえで、あえて最低のサンプルを見せる。誇大申告にも減免請求にも当たらない。見せ方を選ぶだけだ」
エレナが卓に両手をついた。
「今度は嘘じゃない。それに、過去の過ちはこれからの村で返せばいい。あなたが言ったんでしょ、ユウト」
「俺は村長に言ったんだが」
「同じ村の人間よ」
ユウトはわずかに口元を緩めた。
「そういうことだ」
ゲルハルトは深い皺の間から、二人の顔を順に見つめた。それから、ゆっくりとうなずく。
「……わかった。この作戦で行こう」
夕暮れが畑に影を落とすころ、ユウトは一人で薬草のサンプルを整理していた。
等級六から九まで、四つの束に分けて麻布の上に並べる。税吏に見せる最低等級は左端。差し出すことのない等級九の束は、別の袋にしまい込む。
手は迷いなく動いた。鑑定スキルが数字を浮かび上がらせる。
畑の向こうから、走ってくる足音。
エレナだ。
「ユウト!」
息を切らせて、彼女はユウトの前で立ち止まった。
「ヴェルナーが、予定より早く明朝到着するって伝令が来た」
ユウトは手を止めず、等級八の束をひもで縛った。
「構わない。準備はできている」
「でも、この村の未来がかかってる」
「だからこそだ」
ユウトは立ち上がり、サンプルの袋を手に取った。空は茜色から紫へと変わり始めている。
「集会所で最後の打ち合わせをしよう」
エレナがうなずく。二人は並んで畑を出た。
遠く西の街道では、ヴェルナーを乗せた馬車が夜の帳を抜けて進んでいた。ランタンの灯が車内の書類を照らし、規定通りの税額が墨で記されている。