追放された鑑定士が辺境の村で薬草の真価を見抜き、元仲間が自滅するまで
第1話 星を見る鑑定士
王都ルーメリアの冒険者ギルドは、昼前の喧騒に包まれていた。
カウンターでは報酬を受け取る者、掲示板のクエストを写す者が群がっている。酒場スペースからは昨夜の戦果を自慢する声が聞こえてきた。
そんな中、一人の男が立ち上がる。
ガルドだ。銀の胸当てに手斧を提げた戦士。パーティー《銀翼の爪》のリーダーである。
彼は向かいに座る黒髪の青年を見下ろした。
「リュート。お前、今日限りでパーティーを抜けろ」
リュートは琥珀色の瞳をガルドに向けた。手に持っていたクエスト票を机に置く。
「理由は」
「戦えない鑑定士はいらない」
ガルドの声は平坦だった。怒気もなければ言い訳もない。ただ事実を述べただけという調子だ。
「この半年、お前の鑑定はたしかに役立った。だがな」
ガルドは腰の手斧に手をやった。
「俺たちが欲しいのは前線で戦える仲間だ。次の遺跡攻略は戦力不足で行けねえ。お前の枠を戦士に回す」
「なるほど」
リュートは短く返した。感情はなかった。追放は珍しいことではない。冒険者の世界ではよくある話だ。
ただ、それだけ。
荷物を纏める。といっても大したものはない。肩掛けの革鞄と、使い古した鑑定用の手鏡だけだ。
「ギルドカードのパーティー登録は解除しておく」
「そうしてくれ」
リュートは振り返らなかった。
ギルドの重い扉を押し開ける。外は晴天だった。市場の呼び声が遠くに響く。王都の活気が、かえって自分には無縁に感じられた。
城門を抜け、街道へ出る。
特に当てもなかった。ただ足が西へ向いた。
夕刻まで歩き続けた。
街道沿いの景色は畑と牧草地の繰り返しだ。時折、行商人の馬車とすれ違う。リュートの存在に気づく者はいない。
日が傾き始めたころ、分岐点に差しかかった。
右手は主要街道。左手は細い脇道。道標には「バルデラ村」とある。文字はかすれ、ほとんど読めない。
リュートは立ち止まった。
バルデラ。聞いたことがある。王都から馬車で十日かかる辺境の村。痩せた土地で、見どころは何もない。
「……まあいいか」
誰に言うでもなく呟き、リュートは左の道を選んだ。
それから数日。
バルデラ村の共同墓地のそばで、リュートは倒れた。
空腹と疲労が限界を超えていたのだ。膝をつき、そのまま地面に崩れ落ちる。革鞄が脇に転がった。
そこへ、水桶を抱えた娘が通りかかる。
年の頃は十七、八といったところか。栗色の髪を後ろで束ね、くたびれた木綿のワンピースを着ている。素足に藁草履。
マルタだ。彼女は倒れたリュートを見つけると、水桶を置いて駆け寄った。
「だ、だれか」
返事はない。マルタはリュートの肩に手をかけ、呼吸を確かめた。まだ息はある。
迷っている場合ではなかった。
「……仕方ない」
マルタはリュートを背負うようにして抱え上げた。痩せた体は軽かったが、それでも娘一人には難儀な重さだ。彼女は歯を食いしばり、村へ続く坂道を登っていく。
リュートが目を覚ましたのは、それから半日ほど経ってからだ。
天井は煤けた木材。藁葺きの屋根から朝日が漏れている。身を包むのは繕いのある毛布。乾いた草の匂いがした。
「気がついたか」
声の方に顔を向けると、しわの深い老人が座っていた。痩せた体躯に粗末な麻の上着。右手には節くれだった杖。
そして後ろには、あの栗色の髪の娘。
「ここは」
「バルデラ村だ。お前さん、墓地のそばで倒れとった。ワシは村長のロガン。こっちはマルタ。発見したのはこの娘だ」
ロガンと名乗った老人は、杖をトンと鳴らした。
「水くらい飲めるか」
マルタが素焼の椀を差し出す。リュートは半身を起こし、ゆっくりとそれを受け取った。水は冷たく、喉に染みる。
「助かった。礼を言う」
リュートは椀を両手で包みながら言った。
マルタは小さく首を振る。
「いいよ、そんなの。でも……旅の人か。王都から?」
「ああ。ついさっきまで冒険者をやっていた」
「冒険者」
ロガンの目が細まる。
「なぜこんな辺境に。見たところ、戦士には見えんが」
「追放された」
リュートは淡々と答えた。
「鑑定士だった。だがパーティーには戦力がいると言われてな」
マルタが口を挟む。
「鑑定って……薬草とか魔石の?」
「そうだ」
リュートは毛布を剥がし、床に足を下ろした。まだ少しふらつくが、もう歩ける。
「ここに薬草はあるか。自分のスキルが役に立つなら、しばらく働かせてほしい」
ロガンとマルタは顔を見合わせた。
村には薬草なら幾らでもある。痩せた土地に生える名もない草のたぐいだ。だが王都の買取価格は安く、行商人が年に二度来るだけ。とても現金収入にはならない。
「あるにはあるが……役に立つかどうか」
ロガンが言いかけたとき、マルタが何かを思い出したように立ち上がった。
「そうだ、ちょっと待ってて」
彼女は家を飛び出すと、すぐに戻ってきた。手には一本の草。
細い茎に、銀色の葉が五枚。朝露に濡れている。
「これ、畑の隅にいっぱい生えてるんだ。ずっとただの雑草だと思ってたんだけど……」
リュートはその植物を見つめた。
瞬間。
琥珀の瞳の奥で、星が瞬く。
視界がクリアになる。植物の輪郭が光の粒子で縁取られ、情報が流れ込んでくる。
「——月光雫草(げっこうしずくそう)だ」
リュートの声が一段低くなる。
「星5等級。夜間に採取すれば魔力含有量はさらに跳ねる。上級回復薬の主原料で、王都の市場なら一束銀貨三枚は下らない」
マルタは目を見開いた。
「……え?」
「星5って、なんだそれは」
ロガンが杖を握りしめる。
リュートはマルタから草を受け取り、葉を指でなぞった。
「通常の鑑定スキルだと、名称と簡単な品質までしか表示されない。俺のスキルは少し違う。薬草の真の等級が視える」
「等級……」
「星1から星5まである。星が一つ違えば効能は段違いだ。王都の認定鑑定士でも、魔道具を使わなきゃここまでは読めない」
マルタは震える声で言った。
「じゃあ、この草は本当に……?」
「ああ。間違いない」
リュートは静かに断言した。
「この村の畑に生えてるなら、採れるだけ採ったほうがいい。少なくとも飢えを凌ぐ足しにはなる」
ロガンは深く息を吐いた。杖を脇に置き、両手を空にする。
「信じていいのか」
「試してみるといい」
リュートは月光雫草をマルタに返した。彼女は両手でそれを受け取る。
「俺にできるのはここまでだ。役に立ててよかった」
マルタはロガンを見た。ロガンは無言で頷く。
それから老人は、手ぶらのままリュートの目をまっすぐに見据えた。
「頼みがある。この村に、しばらく滞在してくれんか」
「……」
「お前さんのその目があれば、ワシらが雑草だと思っていたものが宝に変わるかもしれん。もちろんただとは言わん。食事と寝床は用意する」
リュートはしばらく黙っていた。
村の空気は澄んでいる。痩せた土地。苦しい暮らし。王都にはない厳しさがある。
だが。
必要とされる場所なら、ここでもいい。
「わかった」
「俺で役に立つなら、やらせてもらう」
リュートは小さく頷いた。
ロガンは深く頭を下げた。マルタも続く。
星はもう消えている。だが、あの一瞬の感覚は確かに残っていた。
外では朝日が昇りきり、村の一日が始まろうとしていた。
場所は、マルタの家の前だ。
