FeverStory

追放された鑑定士が辺境の村で薬草の真価を見抜き、元仲間が自滅するまで

第2話 星眼の見る真実

翌朝。

マルタは夜明けとともにリュートを叩き起こした。

「メルク爺さんのところへ行くよ」

「誰だ」

「村の薬師。ずっと独りで薬草を集めてる。あんたの話をしたら、ぜひ会いたいって」

マルタの案内で村の東はずれへ向かう。小川を渡り、傾いた柵を越えた先に、煤けた木造の小屋が建っている。軒下には乾燥中の薬草が吊るされ、独特の苦い匂いが漂っていた。

戸を叩く前に、中から声が飛ぶ。

「入ってこい。待ちくたびれた」

中は薄暗い。壁一面に棚が張り巡らされ、無数の瓶や布袋が並んでいる。中央の作業台の前に、白髪の老人が座っていた。目は濁っているが、手つきはしっかりしている。

「あんたがリュートか」

「そうだ」

「わしはメルク。この村で四十年、薬草をいじくってきた」

メルクは作業台の隅から布包みを取り出し、無造作に広げた。三種類の乾燥した草が転がる。

「どれも外見じゃわからん。毎年同じ場所に生えるが、年によって効き目がバラバラだ。見てくれ」

リュートは包みに歩み寄り、最初の一束を手に取った。

琥珀の瞳の奥で星が瞬く。

「星2。火傷に効く朱葉草(しゅようそう)。ただ乾燥が早すぎたな。効能は半減してる」

次を取る。

「星1の眠り苔。これは等級以前に、根本から傷んでる。使わないほうがいい」

三つ目。リュートの手が一瞬止まった。

「星4だ。月光雫草と同じ系列の夜光葛(やこうかずら)。これはいい」

メルクは無言でリュートの顔を凝視していた。濁った瞳が細められる。それからゆっくりと、深い息を吐いた。

「十年だ」

「十年間、わからなかった。魔道具を買う金もない。王都の鑑定士に送る足もない。ただ勘で集めて、効かんこともあると村人に謝りながら調合してきた」

メルクは作業台を両手で掴んだ。指が震えている。

「信用していいんだな」

「ああ」

リュートは短く返した。

「ただし俺にできるのは等級を見極めることだけだ。調合はあんたの領分だ」

「それでいい」

メルクは初めて笑った。歯の欠けた口元が歪む。

「それだけで十分だ」

昼前。

井戸端の広場に、行商人ヒューゴの荷馬車が到着した。年に二度の来訪だ。馬車には布や鍋、塩や干し魚が積まれている。村人たちが物々交換のために集まってきた。

ヒューゴは四十がらみの小太りの男で、値踏みするような目つきで広場を見渡していた。

マルタがリュートを連れて近づく。

「ヒューゴさん、これを見てほしい」

マルタが差し出したのは、乾燥させた月光雫草の束だ。

ヒューゴは片手で受け取り、鼻に近づけた。

「ただの草だろ。うちじゃ買い取れな──」

リュートが口を開く。

「月光雫草。星5等級」

ヒューゴの手が止まった。

「……は?」

「上級回復薬の主原料だ。夜間採取なら魔力含有量はさらに跳ねる。王都の市場なら一束銀貨三枚」

ヒューゴはリュートをまじまじと見た。それから荷台から小さな魔道具を取り出し、月光雫草にかざす。金属板に淡い光が灯り、数字が浮かぶ。

顔色が変わった。

「……本物だ」

「買い取れるのか」

「買い取る。いや、買い取らせてほしい」

ヒューゴは抑えきれない声で言った。

「銀貨二枚と大銅貨五枚でどうだ。王都までの運賃と関税を考えりゃ、これが限界だ」

リュートはマルタを見た。彼女は緊張した表情で頷く。

「それでいい」

取引はその場で成立した。村人がざわめく。銀貨が実際に手渡されるのを見て、誰かが小さく息を呑んだ。

「次に来るのは半年後だ。それまでに少しでも多く集めておけ。値は保証する」

ヒューゴはリュートに向き直る。

「あんた、名前は」

「リュートだ」

「憶えておく」

午後。

ロガンの家は広場から少し離れた場所にある。石造りの小さな家だ。招かれたリュートは、囲炉裏の前に座った。

ロガンは黙って茶を出した。湯気が細く立ちのぼる。

「ヒューゴから聞いた。銀貨だ。この村で現金収入があったのは何年ぶりか」

「それなら」

「しかしだ」

ロガンは杖を握りしめた。

「収穫の七割は年貢だ。現金収入も同じこと。薬草で稼いでも、ほとんどが税で持っていかれる」

リュートは茶碗を置いた。

「七割」

「そうだ。王都の決まりでな。辺境に配慮はない。残った三割で冬を越す。飢饉が来れば人が死ぬ」

囲炉裏の火がぱちりと爆ぜた。

「薬草の価値はわかった。感謝している。だが、それだけでは村は変わらん」

リュートは黙って火を見ていた。

税。王都の仕組み。個人のスキルではどうにもならない壁だ。薬草を見つけるだけでは足りない。構造そのものに切り込まなければ、この村に未来はない。

「わかった」

「わかった?」

「俺にできることは限られている。だが、知らなければ何も始まらない。税のことは頭に置く」

ロガンはゆっくりと頷いた。深い皺の奥で、何かが揺れている。

夕闇。

マルタの家の裏手にある小さな畑に、リュートは呼び出された。彼女は古びた麻の袋を両手で抱えている。

「これ」

マルタは袋を差し出した。

「祖母の遺品。ずっと畑の隅にしまってあった。何の種かわからなくて」

リュートは袋を受け取った。手のひらに収まる大きさだ。生地は擦り切れ、元の色もわからない。

紐を解く。中には乾いた小さな種が五粒。

「見てみる」

リュートは種の一粒を指先でつまみ、集中した。

星が瞬く。

瞬間。

種の一粒が微かに脈打った。淡い光が星眼にだけ映る。名も等級も浮かばない。ただ反応だけがある。

リュートは眉をひそめた。ありえない。星眼で見えない植物など、古今の薬草図鑑に存在しないはずだ。

「どう、なの」

マルタの声が震えている。

「わからない」

リュートは正直に言った。

「名も等級も出ない。だが、種は生きている。俺の目にだけ反応している」

「……それって」

「図鑑に載っていない未知の植物の可能性がある。あるいは、俺の鑑定スキルがまだ不完全か」

リュートは袋を閉じ、マルタに返そうとした。

マルタは首を振る。

「あんたが持ってて。私にはわからないから」

「いいのか」

「うん。でも、お願い。調べてほしい。これが何なのか」

彼女の目に、期待と不安が混ざっている。リュートは袋を腰のポーチにしまった。

「約束する。ただし時間がいる。メルクにも相談する」

マルタは小さく息を吐き、それから微かに笑った。

夕闇が畑を包む。遠くで虫の音が始まっている。

リュートはポーチの中の種袋に手を触れた。五つの種。まだ何もわからない。だが、星眼が反応したという事実だけは確かだ。自分の鑑定スキルは、この種にだけ特別な関わりを持っている。

畑の向こう、西の空に一番星が光っていた。

その夜。

バルデラ村を発ったヒューゴの荷馬車が、街道を王都へ向かっていた。荷台には干し魚や布に混じり、月光雫草の束が積まれている。

月明かりが差し込むたびに、その草だけがかすかに青白く輝いていた。

追放された鑑定士が辺境の村で薬草の真価を見抜き、元仲間が自滅するまで第2話 星眼の見る真実