FeverStory

追放された鑑定士が辺境の村で薬草の真価を見抜き、元仲間が自滅するまで

第4話 星五つの夜明け

夜明け前。

リュートはマルタに肩を揺すられ、目を覚ました。

「メルク爺さんが待ってる。急ごう」

マルタの声はいつもより低い。リュートは無言で立ち上がり、外套を羽織った。

共同墓地の入り口に、メルクの痩せた影があった。手に松明を持っている。

「来たか。足元に気をつけろ」

メルクは墓石の間を縫って歩く。リュートとマルタは黙ってそれに従った。

墓地の裏手。崖沿いに下る細い獣道を抜けると、小さな窪地が開けた。

膝ほどの高さの草が一面に生えている。葉の縁がほのかに青白く光っていた。

「これだ」

メルクが立ち止まる。

「四十年、誰にも見せなかった」

リュートは窪地に足を踏み入れた。目を凝らす。

視界の隅に文字が浮かぶ。星がひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、いつつ。

「星5等級だ」

リュートの声は平静だった。

「魔光草。星5等級。満月の夜にしか採取できない。一株で銀貨十枚以上の価値がある」

マルタが息を呑む。メルクは松明を握る手を震わせた。

「星5……わしは二十年、星3か星4だと思っていた」

「違う。最高等級だ」

リュートはしゃがみ込み、葉に触れた。

「ただ、これは満月以外に摘めば毒になる」

「知っている」

メルクの声が掠れた。

「だからこそ秘密にしてきた。村の若い衆が金に目がくらんで、間違った時期に摘んだら終わりだ」

「だが、あんたがいるなら話が違う」

メルクはリュートの肩を掴んだ。骨ばった指に力がこもる。

「管理を頼めるか。この老いぼれの代わりに」

「任せろ」

リュートは短く答えた。

王都ルーメリア。冒険者ギルド。

ガルドは受付カウンターの前に立っていた。職員の男がうんざりした顔で書類をめくる。

「ガルドさん、これで薬草クエスト三連続失敗です。新規依頼の受注は停止されています」

「高難度クエストを出せ」

「評価が足りません。規定です」

ガルドは黙った。

背後で誰かが笑い声を漏らす。

「鑑定士追放したパーティーだろ」 「そりゃ薬草クエストも失敗するわな」

ガルドは振り向かなかった。拳を握る。指の関節が白い。

視界が歪む。

十年前の光景が蘇った。

暗い洞窟。血の匂い。弟分のザンが倒れている。

「ガルドさん……解毒薬は……」

「作った! 飲んだはずだ!」

薬草の鑑定を間違えた。等級が足りなかった。解毒薬の効力が、毒の回る速度に追いつかなかった。

ザンの目から光が消える。

鑑定士が見抜けなかった。ならば鑑定スキルそのものが無意味だ。

あの時のリュートの顔が浮かぶ。何も言わず、ただ俯いていた。

同じだ。アイツも結局、役に立たなかった。

ガルドは音を立てて拳を解いた。

「嘆きの洞窟のクエストを申請する」

職員が顔を上げる。

「単独ですか? 正気とは」

「黙って手続きしろ」

職員はため息をつき、申請書を取り出した。

昼前。

バルデラ村の広場に荷馬車の車輪の音が響く。ヒューゴが手綱を引いていた。

「予定より早いが、急ぎの報告があってな」

マルタが駆け寄る。

「どうしたの」

「王都でガルドって男のパーティーが干された話はしたな」

ヒューゴは荷台から飛び降りながら続けた。

「あれからもっと悪くなったらしい。今じゃ新規クエストも止められてる」

リュートは表情を変えずに聞いている。ヒューゴは声を潜めた。

「リュート、ちょっと話がある。二人だけで」

マルタが気を利かせて少し離れた。

ヒューゴは荷台の陰にリュートを連れて行く。額に汗が滲んでいた。

「俺はな、昔やらかした」

「なにを」

「薬草の等級を偽って売ったんだ。星2を星3と偽ってな。金になると思った」

ヒューゴは唇を舐めた。

「客が死にかけた。回復薬が効かなくてな。幸い一命は取り留めたが、王都の商人組合から追放されかけた。それ以来、辺境相手の行商に甘んじてる」

「なぜ俺に話す」

「お前さんの目を見て、もう誤魔化せねえと思った」

ヒューゴはリュートの目をまっすぐ見た。

「これからは正直にやる。お前の鑑定を絶対の基準にして取引する。誓う」

リュートは少しの間黙り、それから頷いた。

「わかった。その言葉、信じる」

「恩に着る」

ヒューゴは大きく息を吐いた。

午後。ロガンの家。

リュートは魔光草の鑑定結果を報告した。そこにいたのはロガン、マルタ、メルク、ヒューゴ。五人は囲炉裏を囲んで座っている。

「星5等級……」

ロガンは杖を握りしめた。

「つまり村の命運が、あの草場に懸かっている。そういうことか」

「懸かっているのは草だけじゃない」

リュートは全員を見回した。

「満月の採取、乾燥、出荷。計画は段階を踏む。最初の収入は二ヶ月先だ。次の満月は二十日後、それからヒューゴが王都へ運ぶ」

「最初の出荷は銀貨何枚になる」

ヒューゴが身を乗り出す。

「少なくとも百株。一株銀貨十枚として」

「銀貨千枚……」

マルタが呟き、自分の口を押さえた。

「村の年貢は収穫の七割」

リュートの声は冷静だった。

「だが魔光草は畑の作物じゃない。裏手の窪地で自生している。これは村の隠し資産だ」

ロガンが顔を上げる。皺の奥の目が光った。

「年貢の対象外という解釈か」

「村長がどう動くかだ」

リュートは言った。

「満月までに、村全体の同意を取りまとめる必要がある」

「任せろ」

ロガンが立ち上がった。

「この歳になって、ようやく村が変わる日を見られる」

ロガンは窓の外に目をやった。何か言いかけて、やめる。眉が少し曇る。税の話だろう、とリュートは思ったが、追及はしなかった。

マルタが炉の火を見つめている。その手は無意識に、リュートの腰のポーチ——種袋の入った場所——に視線をやっていた。

「おばあちゃんの種、きっと関係ある」

マルタは小声で言った。

「調べてみせるわ」

リュートは黙って頷いた。

夕暮れ。王都ギルド前。

ガルドは建物を出た。手に握った申請書は受理印がない。

「規定ですので」

職員の声が耳に残る。

唇を噛みしめすぎて血が滲んだ。

「見ていろ……鑑定士などいなくとも、この俺が最強を証明してやる」

声は掠れていた。瞳だけが異様に光っている。

街灯がひとつ、またひとつと灯り始めた通りを、ガルドはゆっくりと歩き出す。

夜の闇に溶けるように。

バルデラ村。ロガンの家の外。

リュートとマルタは並んで星空を見上げていた。

「この村は必ず変わる」

リュートは静かに言った。

「俺の目がその証明だ」

マルタは答えず、ただ隣で深く息を吸った。

風が草の匂いを運ぶ。星がひとつ、ふたつと増えていく。東の空に、次の満月を待つ月が細く浮かんでいた。

追放された鑑定士が辺境の村で薬草の真価を見抜き、元仲間が自滅するまで第4話 星五つの夜明け