外れスキル『翻訳』で魔物と会話できた俺が、伝説級と契約して大陸最強に成り上がる
第7話 門が証言を求める
瘴気を孕んだ風が、裂け目の底から吹き上げる。南門の外れ、石畳の下へ延びる亀裂は夜明け前の闇に沈んで、どこまでも深い。
ネルガ・ドルンが松明を掲げ、先に立った。
「下降路は確保した。崩落に備えて、私の氏族が外縁を押さえている」
「足元は信用するな。瘴気で岩が脆い」
ガルドが剣を抜き、最後尾につく。ソーマは魔核片を握りしめたまま、裂け目へ一歩踏み込んだ。
壁は湿り、手を触れると砂が崩れる。下降するほど瘴気が濃くなり、吐く息が白く濁った。リュカが耳を立て、低く唸る。
「来るぞ、ソーマ。三つ……いや、群れだ」
地脈空洞の先、暗がりで無数の眼が光った。瘴気に当てられた魔物たちが、ぎこちない足取りで押し寄せる。ピケが外套の裾を掴んだ。
「あの子たち、怒ってるんじゃない。泣いてるみたい」
咆哮が空洞を揺らした。ソーマは両耳に意識を集め、震える音を噛み砕く。喉の奥から込め上げる苦鳴。言葉になる直前の、剥き出しの渇望。
「奪われた真名を返してほしい、と」
「攻撃意思は?」
「今はない。痛みの向こうへ進みたいだけだ」
ネルガが松明を横へ倒した。炎が地面を這い、魔物の群れが一斉にそちらへ顔を向ける。
「やり過ごす。私の後を、音を立てずに」
壁際の狭い獣道を、五人は息を潜めて抜けた。瘴気に痺れた魔物たちは炎を見つめ、低く肩を震わせている。その背中を見ながら、ソーマは唇を噛んだ。
真名を剥がされた苦痛が、咆哮になる。オルベリオが作った地獄の底だ。
沈黙回廊の入口に着いたのは、どれほど歩いた後か。瘴気が薄れた空洞の奥、巨大な石扉が封じられている。ピケの胸元で、ちいさな核が淡く脈打った。
「ここ、知ってる。眠ってた地図が、浮いてくる」
ピケが目を閉じると、核が青白い光を放つ。岩肌に影が伸び、古い道筋と文字が浮かび上がった。エルナが書き留めながら、息を呑む。
「地図じゃない。これは開門の鍵だ。門が、証言を求めてる」
「読めるか」
ソーマは光る文字を指でなぞった。翻訳スキルが反応し、文様が意味を取り戻す。一つ、また一つと古代語が並ぶ。
「複数の真名の証言。対等に名乗った者だけ、この門を開く資格があるらしい」
リュカが一歩前に出た。門の表面に走る無数の傷痕を、目を細めて辿る。
「これは……」
「知ってるのか」
「群れを滅ぼした日の傷だ。この門に刻まれた牙の幅、力の入り方。誰かの武器ではない。我と、我が同胞を断った時の真名文字と重なる」
リュカの声が、獣の唸りに変わる。
「奴は、現魔王ではない。我が群れを追い立てたのは、別の声だった」
「断言できるのか」
「真名は嘘をつけず、偽れば音が濁る。この傷の音は、我が生涯で一度しか聞いたことがない。……あの夜の方向から、確かに響いていた」
エルナが指を震わせ、傷痕を写し取る。
「記録する。門の傷と、発音と、証言を。これで『現魔王の侵攻』という定説は崩れる」
「慎重にな。声だけで黒幕は決められない」
ガルドが剣を掲げ、周囲を照らす。沈黙回廊は静かだ。だが、左肩の古傷が鈍く脈打っていると、彼は誰にも言わなかった。
ピケが核を外し、門に向けて掲げた。古い言葉が自然に唇から溢れ出る。
「……エル・ムンディア・トゥルースト」
音が、空気を裂いた。ピケの声だけでは言葉は歪む。発音が途中で途切れ、門は揺れながら閉じたままだ。ソーマは肩を並べ、崩れた音節へ手を添える。翻訳が、ピケの稚い発音を古代の正しい形へ導く。
「最後だけ、こうだ。トゥルーストゥ」
二人の声が重なり、門の文字が一斉に光った。石と石が軋んで、重い轟音が回廊を揺らす。扉が数十セント、内側へ開く。
暗がりの奥から、咆哮が突き上げた。
鼓膜を叩く重低音。ガルドが剣を構え、リュカが牙を光らせる。ネルガが松明を落とし、短剣を抜いた。ピケは核を抱えてしゃがみ込み、エルナが盾もなく背中を庇う。
ソーマは動かなかった。
咆哮をもう一度、頭の中で再生する。意味を捨てて、感情の骨格を取り出す。壊せという命令の形をしていない。呼びかけだ。隙間から響くその声は、怒りではなく、問いを繰り返していた。
「破壊を命じる声じゃない」
「では、何だというの」
エルナが息を詰める。
「『なぜ誰も応えないのか』。対話を待ってる。こいつは、ずっと狭い場所で呼びかけてるんだ」
「応答すれば偽の真名命令が来る。ここまでで十分に思い知っただろう」
ガルドが前に出て、片手でソーマを制す。
「だから、応える前の防御を敷く。お前は下がれ、ソーマ。翻訳は必要だが、無防備で門の前に立たせるわけにはいかない」
「わかった。一歩下がって読む」
ソーマが退がると、ガルドとリュカが左右に立って門を塞いだ。エルナが後方で観察を続け、ネルガが背後の崩落を見張る。ピケだけが、まだ核を握って門を見上げている。
「あの人、怒ってないよ」
ピケが呟いた。
「ずっと、待ってたんだと思う。返事が来ないって、悲しんでる」
門の文字が、一斉に明滅する。奥から、もう一度だけ咆哮が響いた。今度ははっきりと、ソーマの耳に言葉として届く。
「我が名を呼べ」
指先の魔核片が熱を帯びた。リングが脈打つ。腰のスレートに刻んだ真名文字が、応えるように一文字ずつ白く光る。
ソーマは目を凝らした。半開きの門の奥、暗がりの形が揺れている。巨大な何かが、呼吸をしている。
「……」